ストレスで痛みが強くなることはよくあります。ただし、これは「気持ちの問題」や「気のせい」という意味ではありません。痛みの原因はあくまで神経そのものにあります。そのうえで、ストレスが体と脳に次のような変化を起こし、痛みを強めてしまうのです。
① 骨盤の底の筋肉が無意識に縮こまる
緊張したり不安を感じたりすると、肩に力が入るのと同じように、骨盤の底にある筋肉(お尻の穴や尿道を締める筋肉)も無意識にギュッと締まります。この筋肉のすぐそばを痛みの神経が通っているため、筋肉がこわばると神経が締め付けられ、痛みが強くなります。
② 脳の「痛みを調節する仕組み」が乱れる
脳には、痛みの感じ方を調節する仕組みがいくつか備わっています。
不安を感じる部分(扁桃体)
脳の中にある不安を装飾する神経細胞の集まりです。ストレスが続くとここが働きすぎて、痛みを「つらいもの」としてより強く感じさせます。
痛みのブレーキ
脳から背骨の神経へ「痛みを抑えなさい」という信号を送る仕組みがあります。ストレスや睡眠不足が続くと、このブレーキの効きが悪くなります。また、不安に思うほど痛みを強く感じるようになります。
喜びや意欲を生み出す部分(大脳基底核の一部)
楽しい、心地よいと感じると、ここから出る物質が痛みを和らげてくれます。痛みやストレスが長引くと、この働きも弱くなってしまいます。より絶望的な痛みとして感じると、さらに痛みが耐え難い痛みに変わっていきます。
③ 痛みとストレスの悪循環
痛みがあると不安になり、不安になると筋肉がこわばって脳のブレーキも効きにくくなり、さらに痛みが強くなる。この悪循環が、長引く痛みの大きな原因になります。
脳の仕組みを整えるためにできること
ゆっくりとした腹式呼吸
鼻から息を吸ってお腹をふくらませると、骨盤の底の筋肉がゆるみ、働きすぎた「不安を感じる部分」も落ち着きます。1日に数回、5分ほどで十分です。
楽しいこと、心地よいことを意識して取り入れる
好きな音楽や趣味、人との会話など、「楽しい」と感じる時間は、脳の痛みを和らげる働きを取り戻すことにつながります。痛みがあるからと全部を我慢せず、できる範囲で続けてください。
軽い運動
散歩などの軽い運動は、痛みのブレーキを強め、喜びを生む部分も元気にします。痛みが強くならない範囲で、少しずつ取り入れましょう。
睡眠をしっかりとる
よく眠ることは、脳の痛みの調節を立て直すいちばんの土台です。
お薬という選択肢
脳の痛みのブレーキを助けるお薬もあります。痛みが長引いて生活に支障がある場合は、医師に相談してみることもお勧めします。
鍼治療の役割
鍼治療には、締め付けられた神経の周りの筋肉をゆるめる働きに加え、体の中で痛みを和らげる物質を出させ、脳の痛みのブレーキを働きやすくする作用があることが分かってきています。治療とご自宅でのケアを組み合わせて、痛みの悪循環を一緒に断ち切っていきましょう。
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研究で分かっていること
ストレスで痛みが強くなる仕組みは、主に3つの経路で説明されています。
- 扁桃体・前帯状回の過剰な活動
- 不安や恐怖を処理する領域が過剰に働き、痛みの「つらさ」の部分を増幅します。
- ストレスで最も直接的に興奮するのはここです。
- 下行性疼痛抑制系の機能低下
- 中脳中心灰白質(PAG)から延髄吻側腹内側部(RVM)を経て脊髄後角に至る、セロトニン・ノルアドレナリン系のブレーキです。
- 慢性的なストレスでこのブレーキが弱まり、脊髄レベルで痛みの信号が通りやすくなります。
- 大脳基底核(腹側線条体・側坐核)のドパミン系
- ここが大脳基底核の関与にあたります。
- 慢性疼痛ではドパミン系が興奮しているのではなく、働きが低下していることが報告されています。快の感覚や意欲によって痛みを和らげる仕組みが働きにくくなっている状態です。
- 内側前頭前野と側坐核の結合の強さが、急性の腰痛が慢性化するかどうかを予測したという研究(Baliki ら, 2012)もあり、痛みが慢性化する鍵として注目されています。
つまり「基底核が興奮して」ではなく、「扁桃体が過剰に働き、脳のブレーキと快の仕組み(基底核のドパミン系)が弱っている」と表現するのが実態に近いです。
この理解からは、治療の狙いも次の3つに整理できます。
- ブレーキを強める:SNRIなどの薬、運動、鍼
- ドパミン系を回復させる:楽しい活動、運動
- 扁桃体を鎮める:呼吸法、睡眠、鍼
鍼については、内因性オピオイドとセロトニン系による下行性抑制の賦活と、fMRIで示された扁桃体などの辺縁系の活動を鎮める作用が報告されており、この3つの狙いすべてに関わる根拠があります。